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コミュニティーデザイナーの山崎亮さんによる『関係人口の社会学』書評

コミュニティーデザイナーの山崎亮さんが『関係人口の社会学』と『関係人口をつくる』をFacebookで書いておられます。過分な評価もいただき、恐縮です。転載します。

【書籍紹介】
『関係人口の社会学
本書は、著者である田中輝美さんの博士論文をまとめ直したもの。前著『関係人口をつくる』が関係人口の入門書だとすると、こちらは関係人口の専門書といえよう。
かなり大雑把にいえば、博士論文というのは、専門的な学会の査読付き論文を概ね3本ほど通したうえで、それらの前に研究の位置づけや先行研究や用語の定義などを解説し、3本の後ろに考察やまとめを付けたものである。本書はまさにそんな構成になっている。3部構成であり、第1部が「関係人口とは何か」であり、第2部は「関係人口の群像」として3つの地域の事例が紹介されている。きっとそれぞれを査読付き論文として3本としたのだろう。そのうち島根県の2地域については修士論文で扱ったらしい。そして第3部は「関係人口と地域再生」。ここは考察なので、第1部で提示した調理器具を使って、第2部で紹介した素材を生かし、思う存分料理すればいい箇所だ。これから地域づくりをテーマとした博士論文を書こうと思う人は、本書が論文の構成として参考になるだろう。この分野における、考えうる限り最もシンプルでわかりやすい構成である。
そんな博士論文を元にした本なので、前著ほど読みやすくはない。しかし、前著よりもしっかりと脇が固められている。専門分野でこれまでどんな議論がなされてきたのかが第1部にしっかりまとめられている。第1部でまとめられた専門的知見は、概ね第3部での料理のときに使う調理器具であり、余計な情報は含まれない。これが読み進めているときに気持ちがいい。読んでいると「マッキーバーの定義は?」「テンニースとかトクヴィルは?」などと100年くらい前からの社会学的論点について気になったりするのだが、そんな古い理論は持ち出さない。今回は「日本の」「戦後の」地域のありようについてまとめると固く決めているようだ(もちろんパットナムなど有名どころは海外勢もしっかり登場する)。参考文献も概ね1990年以降と新しい。だから、この30年くらいに地域づくりの分野でどんな議論があったのかを俯瞰的に眺めることができる。これは大変ありがたい。もちろん、そのまとめは網羅的ではない。すべては「関係人口」という料理を作るための調理器具として持ち込まれているものである。その文脈を理解するのに大変助かるといった意味合いだ。この1部を読むだけで、関係人口という概念がなぜ登場せねばならなかったのかがよく理解できる。いわば「過疎」→「限界」→「消滅」からの「関係」なのである。
そのうえで、第2部では島根県海士町江津市、そして香川県のまんのう町の事例が紹介される。関係人口がいかにして活躍したのかが丁寧に取材されているといえよう。
これらの事例を分析したうえで提示された「地域再生サイクル」と「地域衰退サイクル」が興味深い。典型的な地域衰退のサイクルはこうだ。①地域課題が見えてくる→②地域住民が「もうだめだ」と諦める→③誰も立ち上がろうとしない→④状況まますます悪化する→①新たな地域課題が見えてくる・・・。こんなサイクルだ。ここに外部からコンサルタントが来て、ビジョンだけ作って帰るとすると、①地域課題が見えてくる→②地域住民が「もうだめだ」と諦める→③コンサルタントがビジョンを作ってくれるが住民は誰も立ち上がらない→④状況はますます悪化する→①新たな地域課題が見えてくる・・・というサイクルを経るだけなので、衰退サイクルからは抜け出していない。
一方、地域再生サイクルは、①地域課題が見えてくる→②関係人口が課題に取り組みながら地域の信頼を得ていく→③地域住民も「我々も立ち上がらねば」と動き出す→④地域課題が創発的に解決されていく→①次の課題が見えてくる・・・となり、すでに立ち上がった地域住民が新たな課題にも取り組むことになる。関係人口の役割は大切である。コミュニティデザイナーもまた関係人口として②から③に関わりたいと考えている。
なお、本書では②で関係人口がどうやって地域の信頼を得ていくかについては実例がいくつか紹介されていた。一方で③の地域住民が立ち上がり、お互いに学び合い、活動を充実させていくための支援方法についてはあまり述べられていなかった。コミュニティデザインに携わる者としては、そこがとても気になる点である。次回作では、そのあたりについて詳述されることを期待したい。
いずれにしても、関係人口誕生の歴史、その実例、そして関係人口が地域づくりに貢献するプロセスや要点について、学術的にも実践的にも理解できる良書である。本書は2時間で読めるとはいえないが、数日かけて読む価値のある専門書だといえよう。
(追伸)studio-Lのメンバーは全員、読んでおいてください。特に博士論文に取り組んでいるメンバーたちは、その構成についても学び取っておいてください。

【書籍紹介】
『関係人口をつくる』
島根県を拠点に活動するローカルジャーナリスト、田中輝美さんによる関係人口解説本。この本は、①いまなぜ関係人口なのか、②関係人口って具体的にどんなものを指しているのか、③どうやって関係人口をつくったらいいのか、という3つの問いに答えようとしている。
本書を読むと、改めてコミュニティデザイナーは関係人口なんだなぁということがよくわかる。定住人口でも交流人口でもない立場として地域に関わる。「離れていても地域に多様に関わる人」という関係人口の説明は、我々もそのうちのひとりだと思わせてくれるものだ。
本書の問題意識は人口減少である。全国の人口減少は20年ほど前に始まったのかもしれないが、島根県をはじめとする全国の中山間離島地域では40年前から人口減少が始まっている。いわゆる「過疎問題」である。それでも全体の人口が増えているのであれば、増えている地域から人を集めるという戦略も成立しただろう。ところが現在は全体の人口も減っているのである。定住人口を増やそうとすれば、ほかの地域の定住人口を減らすことになってしまう。このことは「ほかの地域のことは知りませんが、我々の地域さえ定住人口が増えればいいのです」と主張しているようなものだ。人口減少下で定住人口増加策を打ち出すことほど浅ましい主張はない。人口が増えて交付金も増えて自治体が使える金が増えるからといって、人間性をすり減らす必要は無かろう。
その点、関係人口は人間性をすり減らさない。定住しなくても関係する人がいればいいのだから。交流人口のように一過性ではなく、長期的にじっくりと地域と関係を持とうとする人を着実に増やしていくこと。ここに人口減少時代の地域づくりにおけるヒントがある。
関係人口づくりの事例として、東京で開催された「しまことアカデミー」が紹介されている。これは、東京で島根の未来を考える関係人口のための講座である。ソトコトの指出さんが主導する講座で、ゆるい雰囲気で進められた講座だという。このゆるやかな雰囲気、studio-Lの山崎では作れなかっただろうと本書で指摘されているのにはびっくりしたが、そのとおりである。
本書の最後に「例えば、人口が100人から90人になっても、地域を想い、関わる人材の数が、10人から20人に増えるのなら、人口が減っても、地域が衰退したということにはならないですよね」とある。同感だ。これを私は「定住人口が減っても、活動人口が増えれば地域は元気になる」と表現している。そして、そんなふうに人口を減らしていく地域は、縮小しながら充実していることになるので、それを「縮充」と呼んだ。そのときイメージしていたのは地域の定住人口のなかの割合だったのだが、本書ではそこに関係人口という地域外からの活動も加えて考察している。この考え方は地域をますます勇気づけてくれることだろう。
本書はなにしろ読みやすい。田中さんの講演を2時間聞いていると思って読んでほしい。ちょうど2時間くらいで読み終わるだろう。そして、読み終わるころには、関係人口に大きな可能性を感じていることだろう。