自由のドア

島根、ローカルジャーナリズム、ときどき鉄道

2013年巡り合えてよかった!5冊

もう2014年1月も終わりかけ…すっかり遅くなりましたが…でもこれだけはまとめて残しておきたいので…2013年に、巡り合えて良かったなーという珠玉の5冊を記します。書き手、表現者としての視点が強いです。読んだ当時のメモの再編という感じなので、ですます調とか断定調とかばらばら。読んだ(出会った)順です。

北の無人駅から(渡辺一史

「すごーい」。陳腐で情けないが、読み終わった瞬間に発した言葉が、一番素直な感想。すごい。本当にすごい。何がって「おわりに」の一文。「とにかくこの8年、私は寝ても覚めてもこの本を完成させることだけを考え続けていた。この本一冊のために、一度もさわやかな朝食を口にしなかった」。それほどの執念、本にかける思いが伝わってくる。私も物を書くから、わかる。いやというほどわかる。本気でそこまで追い込まないと、書けないものがあると思う。書けないときは苦しくて眠れなくて、私の場合は、朝方に「降って」くることが多い。

まあ、私のことはいいとして。全791ページ。北海道の農業、漁業、自然保護、観光、消える集落、合併、自治といった、複雑なそれぞれのテーマを、無人駅をめぐる人の物語で描き出す。しかも、ありがちな「シロかクロか」という二項対立を排し、その問題が抱える「ややこしさ」から逃げずに、向き合っている。特に地域に入り込んで取材していると、書いてはならないことにぶちあたり、どこまでどう表現するかというのが難しい。でも「書くべきことは書く」としているように、そこで妥協を見せてないところに、しびれた。

さらに、もう一段すごいのが、これらの「書く」努力の上で、「伝える」努力も惜しんでいないこと。北海道の一地方の物語を、そこに興味に持たない人にも読んでもらいたい、という思いの中で、ローカルと社会性を結びつけることにもこだわってると思う。明言してないが、本当は北海道や人を書きたいし、一番興味があるのに、本としては、無人駅を入口にしたのは、その思いがあったからなのだろうと。私もいつか、自分の地域=島根の物語を、書きたいと無性に発奮させてくれた本だった。できるだろうか、というか、やりたい。いやーおもしろかった。すごかった!

その日東京駅五時二十五分発(西川美和

今年もやっぱり西川美和。惚れているのだから仕方ない。西川美和とその才能に。映画監督として高く評価される彼女は、小説家の顔も持っている。

軍隊手帳も襟賞もない主人公の若い兵士が「どこから逃げてきたのか」と詰問される場面から始まる。1945年8月15日、主人公はたまたま終戦を早く知る部隊に所属し、東京から広島に列車で帰郷する途中なのだが、そこは明かされないため、ドキドキしながら引き込まれた。主人公は出征時「見送られるのは気後れ」と思いながらも、万歳三唱を聞くうち「ムクムクとその気がわき上がり『立派に死んでまいります』と、それまで思ったことのない言葉を口に」する。帰り着いた広島は、変わり果てていた。出会ったのは「生き残ったというだけじゃあ生きちゃ行かれんですけえ」と、拾い集めた鍋釜や布団を自転車に小山のように積み上げた姉妹。主人公は「誇り高い火事場泥棒」と名付け、舌を巻く。

戦争をテーマに扱いながら、死や悲惨さを強調する描写はない。登場人物には「案外な軽やかさ」が漂い「確かに人間って、こういうところもあるよね」とうなずく。“不謹慎”と非難されて切り捨てられかねないが、でも、人間の本質に触れる部分を、巧みなバランスで描いている。胸を打ったのは、大阪で先に下車した主人公の親友が別れ際、窓にトトンとモールス信号を送る場面。「オホサカ ヨイトコ イチドハ オイデ」。映画のワンシーンのように美しい。何より、西川美和らしい、複雑で困難を伴う「生きる」ということへの、絶対的な肯定と希望、そしてエールが、象徴されているように感じた。実は、陸軍の「特種情報部」で通信兵として訓練を受けた伯父の手記が元になっているという。実話のようなファンタジーのような物語。もっと読んでいたい。終わらないで。最後は、祈るような気持ちになった。

こんな夜更けにバナナかよ(渡辺一史

またもや渡辺一史さん。北の無人駅からに感動して、こちらも手に取りましたが、出版されたのはこちらが先で、タイトルも面白いし、当時話題になった、はず。賞もとっているし。筋ジストロフィーの人とボランティアで介護する人に密着取材した話なので、福祉の話だろうと思いきや。違うのです。もっと本質的に、自分と他者。「寄り添う」とか「愛」とかいろんな単語があるけど、他者と関わるということはどういうことなのか、を、考えさせられます。

最も共感したのは、さんざん取材した末にたどりついた「相手を受け止めながらも、突き放すこと。そして、突き放しながらも、信じていること」という一文。「突き放す」というのは、冷たいかなと思ってしまうけど、でも、他人の人生を生きることはできないし、自分の人生は自分で生きるしかない、この部分を表していると思う。だからといって、見捨てているわけではなくて、信じて、応援したり見守ったり。すごくこれは難しいし、私も、こうありたいと思いながら、なかなかできていないと思う。でも、人と向き合うって、こういうことだよね、と深く深く心に刻みました。

あとは、やっぱり渡辺さんのジャーナリスト魂。「人が人を支えるとは何なのか、対等になるとはどういうことなのか」とずーっと自問自答しながら取材し続けて、相手が嫌がることを取材するときに「誰にでも探られたくない過去はある。ましてや公表されたくない過去はもっとあるだろう。どうしても触れざるを得ないのは人間対人間の本質的な問題が横たわっていると思える」と突っ込んでいくあたりとか。「この話にハッピーエンドは用意されていない」と書いてありますが、ハッピーエンドでない話を書くのは、実は、とても難しい。

人は、他者と他者と関わりながら生きるわけで、最後、生きるとはどういうことなのか、も考えさせられます。この本にもあったなあ、「生きるのをあきらめない、人との関わりをあきらめない」って。これも、素直に、本当にそうだよね、って心に入ってきました。

伝わる、揺さぶる!文章を書く(山田ズーニー

ありがちな「美しい文章」を書きましょう、的な本では、ないのです。文章を書く目的、ゴールとは。ズバリ「結果を出そう」と書いてあります。

「読み手の心を動かすことだ。書くことによって、あなたの潜在力を生かし、読み手を共鳴させ、潜在力を揺さぶり起こすだろう。文章力のゴールは、豊かな表現力ではない」。本当にそうなのです!!!でも、結構、見落とされがち。自省も込めて。何のために書くのか。自分の目的をかなえるための文章をどうやって書いていけばいいのが、ポイントや具体論が整理されています。とてもわかりやすいです。

そういう意味で、役に立つ本ではあるのですが、これまた、人との関わり、生きることとについても、琴線に触れるフレーズがありました。ちょっと長いけど、引用します。

「エピローグ あなたと私が出会った意味 自分という存在が関わる意味は何だろう。自分という存在が関わることで相手の新たな引き出しを開けるのだ。慎重に、勇気を持って。相手という個性に自分として向き合ったとき、沸き起こってくるものがある。その相手だからこそ言いたいこと。自分にしか言えないこと。もっと忠実になっていい。違和感、反発という形で、相手の潜在力を揺り動かすことができれば、相手を生かし、自分を相手の中に生かしたことにほかならない。出会ったことは意味を持つ」

人と関わって、生きるということ。その中に文章を書いて、伝えるという作業もあります。相手を揺り動かし、新たな引き出しを開ける、そんな生き方をしたいと、あらためて響きました。この本との出会いにも、感謝です。

ネットと愛国(安田浩一

ニッポンって、右傾化しているっていうけど、本当なの?という問題意識から手に取った本。尊敬するジャーナリストの知人から、かなりオススメと言われていたのもありました。

ヘイトスピーチなど過激なアピールで知られる「在特会」の正体は何なのか、迫った本です。そのゴールに向かって、1章ずつ丁寧に構成されていて、一皮一皮めくるように、本質に近づいていきます。

在特会のメンバーたちに取材しています。普段は穏やかな彼らが見せる激しい街宣活動とのギャップに悩みながら、もっと知りたい、と踏み込みます。一般的にイメージされるような「日本がやられっぱなしでないか」と危機感を持った人や「日本を本当に愛している」という自称「普通の日本人」も登場します。日本人に認めてほしかった、というハーフの人の場面では胸が詰まって泣きました。「一人の若者の鬱屈した感情を、排外主義がすくい上げた」といった、安易な在特会批判ではない冷静な分析も加えながら、でも、貫かれているのは、在特会が特殊な人々ではない=私たちも無関係ではない、という視点です。

例えば。「動画を通して、何百、何千、あるいは何万もの人々がネットを通して在特会と「共振」し、カタルシスを得た。その事実と向き合わない限り、朝鮮学校を襲った者の正体は見えてこない」「在特会、抗議を要請した住民、心情として嫌悪する住民。三者は見えない糸で結ばれているのではないか」「醜悪な形で暴れる在特会は、一部の人間の本音を代弁しているのではないか」。私たちの社会が「産み落とした」とも投げ掛けます。在特会とは。結論はネタバレなので、書きませんが、その通りだよね、と、納得できます。途中から、かなり取材拒否にもあったようですが、書ききった取材力、筆力ともに、ただただ感服。私も、こういう仕事がしたい、しなくちゃなあ、と、焦ります。

書き手目線ばかりですね…。発奮というか、焦りというか、まあとにかく「揺さぶられる」いい作者、ジャーナリストの作品に巡り会えた年でした。あ、年間の読破数は42冊。目標の50冊には少し届きませんでした。2014年は50冊、いえ、それ以上目指します!いい本との出会いは、幸せです。どんな本に出会えるのか、楽しみです^^